地震の被害は地震で発生した物理的破壊だけではありません

代表の佐藤です。

その日、人類は思い出した。 奴らに支配されていた恐怖を。 鳥かごの中に囚われていた屈辱を。 「進撃の巨人」諌山創・著 より引用

2021年2月13日、福島沖で再び大きな地震が発生しました。
土砂崩れや塀の倒壊、けが人も多く出るなど大小様々な被害が発生しています。

約10年ぶりの震災。
2011年3月11日。覚えていますでしょうか。

佐藤はあの年以降、毎年東北のサーキットで開催されているアマチュア自動車レースに参戦してきました。

何のために?

東北のために何の助けにもなりませんが、自分自身が忘れることの無いように。
そしてこの劣化した行政は、いとも簡単に国民を見棄てるのだ、ということを肚に叩き込むために。

あの時、政府は驚くべきことに「復興増税」を断行しました。

地震被害は自己責任だそうです。

あー、そうか。やっぱり助けないんだ。
インパール、バターンと同じ轍だ。
現地調達精神だ。
ナルホドね。

復興増税の際、そう思いました。

日本には昔から素晴らしい考え方があります。

「困ったときはお互い様」

たいへん美しい精神です。

しかし、これを為政者が悪用するととても恐ろしく、おぞましい世界となります。

当時の政権だけの問題ではありません。
現政権のトップが着任早々言いました。

「自助・共助・公助」
「自分でできることは、まず自分でやってみる」

当たり前です。
道徳です。

しかし、これは経世済民を執行する為政者が述べる言葉ではありません。
道徳論を為政者が述べるのは異常事態です。
全体主義です。

民主的国家の為政者がすべきことは公助をいかにするのかであって、そこで自助・共助を持ち出してくることではありません。

自助・共助・公助というと

  1. 自助 でできなければ
  2. 共助 でできなければ
  3. 公助

と直列的な順番になっていると考えがちですが、違います。

「自助も、共助も、公助も」

です。
同時並列的概念・観念であり、どちらが優先というものではありません。

一人ひとりは弱い存在であるから、人はコミュニティを作り、そのコミュニティの輪を広げた最大単位が「国家」となります。
国家より先はありません。国家間の弱肉強食の世界だけです。

国家の成り立ちからして、国家とは、はじめから公助のため「だけ」に存在するのであって、それがなければ国家ではない、ということになります。

コミュニティを形成する国民国家を弱肉強食の世界にしない人類の叡智が国家であるのにそれを投げ捨てている。

「いやぁ、日本にはお金が無いからさぁ」←大嘘です。

このシタリ顔で知ったかぶる誤った認識は現世代を生きる多くの日本人に楔のように撃ち込まれた根本的な病気ともいえます。

国民の劣化が政治の劣化。

国家観、貨幣観の誤りが亡国に突き動かし続けています。

新型感染症を政治的に解決できない時点であまりに愚か。
政(まつりごと)をまともにできない「せいじか」を名乗る選挙対策ゴロばかり。

神代よりつづく美しい国日本を、お金が無いという妄言で子々孫々にツケを回し、先祖に顔向けできない国に没落させたこの20年余を取り戻さなければなりません。

今後の政府の対応がいかなるものか。
注視していかなければなりません。

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